Nov 24, 2006

ジグの命日

今日は4回目のジグの命日。

もう4回目です。私の傍にいたのは1年にも満たなかったのにね。

でも、ジグ。
家族がもう一人増えましたよ。

いつまでも、見守っていてくださいね。

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Nov 24, 2005

ジグの命日

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今日はジグの命日。もう三回忌だ。そのちょっと後にこうせいのお誕生日。妊婦最後の検診の後に、私は六本木にある斎場に、骨になったジグを迎えに行ったのだ。運転しながら助手席のジグの骨壷を見ながら涙が止まらなくて、これで事故を起こしたらまずいなあ~と冷静になっている自分がいて、何だか分裂していた。それが木曜日で、こうせいは4日後の月曜日に産まれた。

事故が起こらなかったのも、こうせいが無事に産まれたのも、ジグが見守っていてくれたからだ。忘れてないよ。
忘れない。

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Nov 16, 2005

パティの受難

今日のパティは、受難の日なのだろうか。

まず一つは、パティも載せて頂いた、フォトブックがコンテストで惜しくも二位になってしまったようだ。

フォトブックの作成者の鈴様も???という感じ。実は私も。
だって、殆ど15日が終わるギリギリまで、票の推移を見守っていた。十何票差だったことは確かで「追い上げられたらまずいな~」と思ってたが、この十何票が15日が終わる直前に入ったのだろうか?

何だか素直に二位を受け入れられない気もしないでもないけど・・。でも、鈴さまにはお疲れ様、と伝えたい。
ちょっと嫌な思いまでされて・・・・。でも、我々にとっては、このフォトブックが一番なのだから。問題無しです。

そして二つ目。今日は私が午前中塾で、午後はこうせいとパティと近くの公園に散歩に出かけた。公園への道中も、こうせいが先に走ると、パティは「私の前を走るなんて十年早いわ!」という感じで、ダッシュモード。

私のほうが車が来ないかヒヤヒヤしながら、疲れてしまった。

公園には誰も居ないので早速パティを放す。持っていたボールを投げると婆さんとは思えない走りっぷりで、ボールを追いかける。

こうせいの方に向かってボールを投げると、パティがこうせいの方に行くので、こうせいは、自分が追いかけられていると勘違いして、きゃあきゃあ言いながら逃げてる。空回りなんだけど・・。パティはボールにしか目が行ってないのだ。

そして、随分とパティの息が上がってきたので、鎖をして、ブラシをしていると、右後ろ足が流血している!!
指が全て染まっていてびっくりする。
こうせいは最初は「まだまだ遊ぶ~」と駄々をこねたが、パティの足を見せると「早くかえろっ、グーマーのおうちでパチイの足、洗う」などと可愛いことを言ってスタスタと歩き出した。優しいねえ。

洗って消毒をする。傷は直径1cmくらい。思ったよりも酷くない。でも、パティはまだ生後半年くらいの頃、間違ってペンキ塗り立ての場所に入ってしまい、そのペンキが足について、それが嫌で嫌でペンキの場所をなめてなめて、ついにはストレスで腸カタルになってしまった経緯があるので、ちょっと心配だが、今のところ、傷を気にしている様子がない。

だって婆さんなのに、あんなに全力で走るから。恐らく、それたボールを追って茂みに入り、そこで、何かで切ってしまったのだろう。

早く治ってまた遊ぼう。

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Nov 09, 2005

パチイのプライドは?

こうせいは実家の飼い犬のことをパチイという。

パティは凄く出来た犬で、2kgのジグが来てパティのお腹にいきなりもぐりこんだときも、ハイハイが出来るようになったこうせいが追いかけて尻尾で遊んだりパティのパイパイを一つずつ引っ張っても、迷惑そうに逃げ回るか、どうしても嫌なときには悲しそうに「ワン」と威嚇するだけで、絶対に噛むことの無い犬である。

彼女にとっては母や弟や私が愛情を注いであげれば、他のことには興味ないわ~、という感じだった。特にこうせいは下の下の下。虫と同じくらいの無視レベル。

が、最近違う。というのもこうせいの方に悪知恵がついてきて、ご飯を食べていてお腹が一杯になると、下にわざと落として「パチイ~」とこっそり呼ぶのだ。パティは勿論大喜びで食べる。こうせいは虫以下だけど、食べ物は別、って感じ。

以前は私が一番食べ物をあげていたので、夕食時にはパティの目は私に釘付けだったのに、今はこうせいに釘付け。パティよ、こうせいに屈して良いのか?君にはプライドはないのか、と一瞬情けなくもなったが、仕様がないね~。食べることは最大の楽しみだものね~。

何はともあれ、仲がいいこうせいとパティ。パティにはこのまま、元気に長生きしてもらいたいな。

今日は幼稚園の入学金を払いに行った。中で園児と遊びたい~!!と泣くこうせい。やんがいないから、やんの家に戻らない~と泣くし。母子家庭になってしまった情緒不安定はまだ直らないらしい。やれやれだ。


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Oct 31, 2005

ちょっとお願い

以前このプログに、実家のラブラドル「パティ」の同腹の妹(お姉さん?)「シャロン」ちゃんが東京在住でいらっしゃることがわかった話を書いた。

そして、シャロンちゃんの飼い主である「鈴真由」さんが、世界に一つしかない、パティファミリーの写真集を自費で作って下さって、それが今、フォトコンテストで、二位まで上がっている。

その中にはパティも載っている。シャロンちゃんは勿論、パティのお母さんも、他の兄弟達も。

ここは、なんとしてでも優勝だ~!!と一気に盛り上がっているところで、この日記を読んでいる皆様にお願いです。http://www2.photoback.jp/contest/home.aspx?pbid=PBER-1053910508141304330

上記のHPを開けると、その写真集が出てきます。中身も閲覧できます。パティも勿論載っています。
こんなにステキな写真集になるなら、もっといい写真を厳選すれば良かったという感じ。

投票はワンクリックで出来ます。見て、ステキだな~と思った方一票をお願いします。11月15日まで有効です。

珍しく、お願いのプログでした。

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Aug 28, 2005

パティ、本になる。

パティはこの7月3日で11歳になった。

もう老犬のはずだけど、ボール遊びがダイスキで走るのも速い。
私の実家に飛行機でやってきたのは、11年前の9月も終わり頃だった。あの頃はラブラドールは今ほどメジャーな品種ではなくて、その可愛らしい姿に家族一同うっとりとなったものだ。

それから私が結婚して実家を離れ、父が他界するなど、色々なことが起きたが、パティだけは変わらず実家の1階で我々の行動を観察しながら寝そべっている。
kettousho←血統書。本当の名前は「アジサイ」。そのままつけても良かったくらいステキな名前。産まれた子犬たちにブリーダーの方が、アから始まる植物の名前をつけられたそうだ)

そのパティと同腹(というのか?)の本当の妹(かお姉さん)犬(シャロンちゃん、という。東京ご在住)にこのたびめぐり合うことが出来、そのご縁でパティファミリーやパティの産まれたブリーダーの方のことなど知ることが出来た。それだけでも嬉しいことなのに、なんと、シャロンちゃんの飼い主さんのご尽力により、パティファミリーが本になってしまった。

その本が今日届いた。すごい~パティ!私たち人間でさえ本になんてなってないのに~。(結婚式のメモリアルアルバムも写真が挟まっているだけ)ここに本の写真を載せたいのだが、母に見せたら「親戚に見せる~」と持って行かれてしまった。早く奪回してこないと・・・。

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Jul 27, 2005

パティが残した傷

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早朝6時前に台風は一過していたので、パティを散歩に連れ出す。
又しても玄関から三メートル位の所にある非常用外階段で降りようとするが、パティは「イヤイヤ」とばかりに踏ん張って動かない。

誰か来ないかとヒヤヒヤしながら踏ん張るパティを引きずるようにして階段まで来させる。階段まで来たら諦めたように降り始めた。
でも、、散歩しながらはっと気付いた。
パティの爪はかなり鋭い。その爪で踏ん張っていて、そのまま引きずっていた私・・。

も、もしかして廊下の塗料がはがれて跡がついているんじゃないか??

さっさと散歩を終えて、7階まで非常階段を上がり、廊下に出ると、ひ、ひえーっ!!付いていました。何本もの鋭い引っかき傷。

もうイヤ~と思いつつ帰宅。明日の朝ではなく、今夜実家に戻すことを決心する。証拠隠滅、である。

いつ、管理人さんから「この引っかき傷、原因知りませんか~」と言われるのではと心をすり減らしながら夫の帰りを待つ。夜の十時くらいに戻しに行く。パティは又しても「7階から階段なんてイヤ、イヤ~」とばかりに踏ん張ってエレベーターのほうに行こうとする。

もう引きずることは出来ない。で、仕様がないのでダッコする。目を白黒させるパティ。駐車場から出た途端に、オシッコをするパティ。私も汗だくだ。

実家にパティを戻して家に戻る。肩の荷が降りた感じだ。
やはり、もしも万が一母が入院しても、実家に行って面倒を見ようと決心する。

私の精神衛生上もそのほうが良いし、パティもかわいそうだった。吠えると近隣に聞こえるのできつく怒られて、散歩に降りるのもこそこそしなくちゃいけなくて。こうせいとの仲は、でも、良くなったかも。
こうせいがパティにボールを取られて、「かえちて!!」と手を出しても、パティは素知らぬ顔でボールを離さない。
楽しそうだ。上の写真は、その、ヒトコマ。

実家では母に叱られるので決してやらないけれど、ここでは、こうせいがおやつを食べていると、パティはその傍らに座ってこうせいのおこぼれを狙っている。

こうせいは母が怒るのを真似して「パチイ、あっち!!あっち、行って!!」とおやつを狙われて半泣きで怒鳴っている。

でもパティは本当に賢くて良い子だ。一緒に住めたら楽しいな~と思う。
早く本当に、ペット飼育okにならないかな~と願う。自分で管理組合に働きかけてみようかな。

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Jul 26, 2005

パティが我が家にやってきた

05072704実家の飼い犬パティが我が家にやってきた。母が旅行のため、うちのマンションはペット禁止だが、こっそり飼うことにした。

これには理由がある。実家の母は「間質性肺炎」という難病を患っている。ここ1年くらいは入院せずに済んでいるが、入院すると1ヶ月はゆうにかかる難しい病気だ。しかも、治る見込みは、ない。
今はステロイドで病気の進行を抑えている。どんどんその薬の量は減ってはいるけれど、0にはまだ至らない。

それで、母が長期入院した時に実家にわざわざ面倒を見に行くのではなく、マンションで見れたら、と思ったのだ。
その時は長期間になるので、可能かどうか、試したかったのだ。

本当は本日早朝から家に来る予定だったが、台風が酷くなりそうだったので、昨日の夜、夫の勧めで迎えに行く。
最初はなんだか落ち着かなかったが、段々落ち着いてきた。

でも拠り所がないせいか、私にベッタリ。買い物に出ている間に不安に「ヒーンヒーン」と鳴かれたら困るので買い物にも行けず。

でも、夫が台風が直撃する前に、と、5時過ぎに戻ってきて、私はこうせいを夫に託して散歩に出かけた。
7階から非常階段でトコトコと降りる。パティは怖くて、中々降りられないので、誰かに会うのではないかと冷や汗ものだった。

なんやかんやありながらも、無事散歩終了。疲れた~。精神的に・・。
ああ、明後日までか。。長い。

でも、こうせいは「パチイちゃん、ココに座るの!」などと言いながら(パティは無視)、なんやかんや構っている。
パティも、嫌そうなのだが、時々こうせいの挑発に乗って、ボール遊びをしている。

このご時世にペット禁止は遅れている、と、思う。
高齢者のパートナーとしての役割はもちろん、核家族化が進んでいる昨今では、子供が人間以外の生き物と同居することで学ぶことはかなり多いはずだ。

こそこそするのは性分に合わず、辛い。

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Jun 23, 2005

ジグのこと

実家の愛犬ハナコ(ラブラドル・12歳)に、一昨年にあがったと思った生理が再開してしまって、子宮の病気かと心配した母が、亡きジグの実質的な主治医であった往診してくれる獣医さんに診て貰った所、子宮は非常に綺麗で問題ないと診察されたとの事。しかも、薬を出していないので、診察料は要らないとお金も受け取らなかったとの事だった。

ジグは2001年12月21日に我が家にやってきた。2002年10月19日に心臓病が発覚して11月24日に私の腕の中で亡くなった。そしてその1週間後にこうせいは産まれた。

ジグが2001年に我が家にやってきたとき、往診できる獣医師さんを、と思って母の犬仲間の人の紹介でこの獣医師さんに家にきてもらった。乳犬検診のときも、予防接種のときも、体を一通り診て貰った。シッポの巻き方がおかしいと言われた以外、凄く健康です、と、お墨付きをもらっていた。

そのジグが夏以降頻繁に倒れるようになって、ある日酷い倒れ方をしてすぐに診てもらおうとしたのだがその獣医さんと連絡がつかず近くの動物病院に駆け込んで病気発覚となった。

ジグの心臓の音を聞いたその動物病院の医師は、今まで医者に見せなかったのかと私を責めるような口調で言った。私は往診のことを話した。すると、こんなに酷かったのに気付かなかったなんてありえない、というようなことを言った。

私は戻ってから、往診の主治医に連絡を取った。驚いていた。

その後、私は何とかジグを助けようと身重な体で夫に会社を休んでもらって、板橋区にある「キタガワ動物病院」という心臓病の治療の実績のあるところにも診察に行った。
結果は「今亡くなっても不思議じゃないくらい」と言われた。出産直前なのに、ヒステリーのようになった。
健康な、実家のハナコまで愛せなくなっていった。

主治医からはあまり連絡は無かった。何故この往診の主治医に心臓病が判らなかったのか、謎だったが恨む気持ちは無かった。
ジグが死んだときも、私はどうやら連絡をしたらしい。覚えていないが・・・。

母が母の知人に聞いた話によると、この獣医さんは未だにジグのことを後悔しているとのことだった。
ハナコの往診の時にジグの話は全くでなかったらしいので、私と母が親子だと知らないのかも、と思っていたのだがこの獣医さんはわかっていた。それで、ハナコのことを聞いたときにすぐにかけつけてくれて、無料で診察をしてくれたのだろうと母と話した。

私はこの獣医さんには凄くよくしていただいた。ジグも、可愛がってもらった。
確かに何故判らなかったのかという純粋な疑問はある。

でも、死の当日、具合が悪くなっジグを、ジグの病気を発見してくれた近くの動物病院に連れて行ったところ、「心臓は落ち着いてますね」といわれたのだ。
赤いピンクの泡を吐いて、もう心不全の状態だっただろうに。

ジグの心臓病は「右室ニ腔症」というどうにもならない病だった。
でもジグは、病気が発覚する10月後半まで病院にも行かず薬も飲まず時々は倒れていたが大方楽しく元気に過ごすことが出来た。

病院嫌いなジグがもっと早く治療に入っていたら寿命こそは延びたかもしれないが、死の直前まで楽しくは暮らせなかったと思う。

そして1ヶ月の闘病ですら神経がおかしくなった私のことだから、闘病が長期に渡っていたらお腹の中のこうせいにも影響が出たかもしれない。

それを考えると、この経緯はジグの采配、運命なのだと思う。
だからこの獣医さんにはジグのことで苦しんで欲しくないと思う。誠意は伝わっているのだから。

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